Paskel’s blog

■以前、別のブログに書いていた「学び」をテーマにした文をここに保存していこうと思います。■

オペラ~フィガロの結婚

 一時期、モーツァルトのオペラにはまったことがある。

 最初は、映画「アマデウス」のレーザーディスクを買ったことから始まった。あの映画はモーツァルトの音楽の素晴らしさを本当によく伝えていると思う。
オペラの中では、特に「フィガロの結婚」と「魔笛」は本当によく観たり、聴いたりした。

 フィガロの結婚は、ウィーンでの初演の後、1786年にプラハで大ヒットした。プラハを訪れたモーツァルトはその熱狂ぶりを「ここではフィガロの話でもちきり、人々の口ずさむ歌も口笛も、すべてフィガロだ」と手紙に書いている。

 以前からとても不思議に思うのは、フィガロの結婚はイタリア語のオペラだが、プラハの市民にイタリア語が理解できたのだろうか、ということである。あの複雑な筋は見ているだけでは、絶対に理解できないはずだ。それともそれが理解できるレベルの市民の熱狂ということなのだろうか。

 こんな話をどこかで読んだ。
ゲーテがモーツァルトの歌劇「魔笛」の上演後、とても感動して家に帰り、改めて自分は何に感動したのかと考えてみた。思い返してみると、魔笛のあらすじは無茶苦茶だ・・・しばらくして、ゲーテはハタと気づく。自分は音楽に感動したのだ、と。
日本語でもなかなか言葉が聞き取りにくい歌舞伎を観に行くときのように、きっとプラハの市民もあらすじなどは前もって人に聞いたりして予習して行ったのだろう。そしてその音楽に熱狂したのだと思う。

 そう、200年後の私も毎日フィガロを聴き、「口笛もフィガロ」の状態になったのだ。

 CDやLD,衛星放送での録画などはたくさん所有していたが、実際のオペラ公演を観たのは一度しかない。
名古屋市民会館での公演で、チケットは後ろの方のA席でも2万5000円くらいした。そのときはフランスのパリ国立オペラ歌劇場だったかの公演で、歌もセリフもフランス語だった。これには腹が立った。私はイタリア語でいくつかのアリアを歌えるほどになっていたから、がっかりだった。幕の間の休憩時間にロビーでも「なんだか、イメージが・・・」と話している人もいた。

 このオペラのアリアは名曲揃いだが、特にフィガロの歌う「もう飛ぶまいぞこの蝶々」や、ケルビーノの「恋はどんなものかしら」などは有名である。ケルビーノのアリアはよく音大生が卒業時に歌ったりする。

 私が一番好きなのは、第2幕の冒頭、伯爵夫人が歌う「愛の神よ私の苦しみに慰めを」である。カール・ベームの指揮でキリ・テ・カナワが歌ったLDを持っていたが、それはそれは素晴らしかった。
(そのLDとはちょっと違う映像だが、キリ・テ・カナワの歌がYOUTUBEにあったので、貼り付けておきます)
それにしても天上の音楽だよなぁ。失われた夫の愛を嘆く伯爵夫人のアリアです。


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先日この旋律をリコーダーアンサンブル用に楽譜に編曲して吹いてみました。こういうゆっくりと歌い上げる曲が、一番難しいです。


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 ところで、芸術を味わうには一種の鑑賞テクニックを学ばねばならない。
例えばオペラでいうと、序曲だけでも10分以上あることが多い(フィガロは例外で短いが)。セリフにすればわずかなことを、アリアで5分も10分も歌う、という世界だ。

 フィガロは全部観ようとすると、2時間50分はかかる。慌ただしい毎日を送っていて、さてオペラを観ようとすると、最初の30分も持たずにイライラしてしまうことがある。オペラ特有の時間に自分の時間を合わせることが必要で、それが唯一の鑑賞条件と言える。

 名作と言われているオペラは筋も面白いが、曲も素晴らしいから、後はゆっくりと心を預けてしまえばよい。

 こんな私の拙文でもし興味を持った方がおられたら、まずは上のアリアを心落ち着けて聴いて頂き、もっと聴きたいと思われたら、是非他のアリアも、また全曲を通して聴くことにも挑戦してみて下さい。その努力は決して裏切らないと思います。